これだけ多くの集合住宅が,しかも昨今ではある程度余裕のある住戸面積をもってつくられているのに,周りを見渡してみて,なぜベーシックな意味でいい部屋がないのだろうか.ベーシックな,というのは,このコンペの課題にもあったように,表面的な華美ではなく,自分たちが生活するうえで気持ちのいい空間という意味での「合理性」のことだ.
最優秀賞の石川・大平案は,その点で,空間の優劣に関して,ある可能性をもったはっきりとした意見に基づいた案だった.つまり子供部屋に使われるだろうふたつの個室に窓を設けなかったのだ.子供部屋は,睡眠など,籠るための空間で結構.自然の採光も通風も要らない.子供部屋にそういう快適性を求めることよりも,普段いるところを明るく,またシンプルなかたちで広くもちたい.ここには,そんな空間の優劣に関するはっきりとしたヒエラルキーがある.
石川・大平案がそれを徹底したことによって,少なくともふたつの点で,一般的な評価に抵触している.まず,建築法規が求める採光条件である.これは,隔壁の処理によって解決可能であるとはいうものの,むしろ法律のほうが「いい家」をつくることの制約になっているといったほうがよい.それから,現行法規に従うために隔壁の処理を行えば,ふたつの個室は公式には1室空間にならざるをえないだろうから,結局,この家は「3LDK」ではなく「2LDK」と表記されることだろう.このことが,これを取得した人がいざ売却しようとしたときにけっして有利には働かないことは,現在,集合住宅が「そこで住むための空間」であることに加えて「それをいつでも有利に売れる不動産」であることを考えれば明らかである.つまり,この美しい案は,法規の精神と市場原理の双方に対して反抗しているのだ.
しかし,「合理的」に住むことは,売りやすいことより住んでいて快適ということを採ることだし,そういう個々人の欲求に対して法律が規制すること自体,実に不合理なのである.このタイプの住戸が,現実に多く売れることを期待している.
最優秀賞の石川・大平案は,その点で,空間の優劣に関して,ある可能性をもったはっきりとした意見に基づいた案だった.つまり子供部屋に使われるだろうふたつの個室に窓を設けなかったのだ.子供部屋は,睡眠など,籠るための空間で結構.自然の採光も通風も要らない.子供部屋にそういう快適性を求めることよりも,普段いるところを明るく,またシンプルなかたちで広くもちたい.ここには,そんな空間の優劣に関するはっきりとしたヒエラルキーがある.
石川・大平案がそれを徹底したことによって,少なくともふたつの点で,一般的な評価に抵触している.まず,建築法規が求める採光条件である.これは,隔壁の処理によって解決可能であるとはいうものの,むしろ法律のほうが「いい家」をつくることの制約になっているといったほうがよい.それから,現行法規に従うために隔壁の処理を行えば,ふたつの個室は公式には1室空間にならざるをえないだろうから,結局,この家は「3LDK」ではなく「2LDK」と表記されることだろう.このことが,これを取得した人がいざ売却しようとしたときにけっして有利には働かないことは,現在,集合住宅が「そこで住むための空間」であることに加えて「それをいつでも有利に売れる不動産」であることを考えれば明らかである.つまり,この美しい案は,法規の精神と市場原理の双方に対して反抗しているのだ.
しかし,「合理的」に住むことは,売りやすいことより住んでいて快適ということを採ることだし,そういう個々人の欲求に対して法律が規制すること自体,実に不合理なのである.このタイプの住戸が,現実に多く売れることを期待している.
– 第2回住空間デザインコンペ ホームページ (via handa)
これだけ多くの集合住宅が,しかも昨今ではある程度余裕のある住戸面積をもってつくられているのに,周りを見渡してみて,なぜベーシックな意味でいい部屋がないのだろうか.ベーシックな,というのは,このコンペの課題にもあったように,表面的な華美ではなく,自分たちが生活するうえで気持ちのいい空間という意味での「合理性」のことだ.
最優秀賞の石川・大平案は,その点で,空間の優劣に関して,ある可能性をもったはっきりとした意見に基づいた案だった.つまり子供部屋に使われるだろうふたつの個室に窓を設けなかったのだ.子供部屋は,睡眠など,籠るための空間で結構.自然の採光も通風も要らない.子供部屋にそういう快適性を求めることよりも,普段いるところを明るく,またシンプルなかたちで広くもちたい.ここには,そんな空間の優劣に関するはっきりとしたヒエラルキーがある.
石川・大平案がそれを徹底したことによって,少なくともふたつの点で,一般的な評価に抵触している.まず,建築法規が求める採光条件である.これは,隔壁の処理によって解決可能であるとはいうものの,むしろ法律のほうが「いい家」をつくることの制約になっているといったほうがよい.それから,現行法規に従うために隔壁の処理を行えば,ふたつの個室は公式には1室空間にならざるをえないだろうから,結局,この家は「3LDK」ではなく「2LDK」と表記されることだろう.このことが,これを取得した人がいざ売却しようとしたときにけっして有利には働かないことは,現在,集合住宅が「そこで住むための空間」であることに加えて「それをいつでも有利に売れる不動産」であることを考えれば明らかである.つまり,この美しい案は,法規の精神と市場原理の双方に対して反抗しているのだ.
しかし,「合理的」に住むことは,売りやすいことより住んでいて快適ということを採ることだし,そういう個々人の欲求に対して法律が規制すること自体,実に不合理なのである.このタイプの住戸が,現実に多く売れることを期待している.
最優秀賞の石川・大平案は,その点で,空間の優劣に関して,ある可能性をもったはっきりとした意見に基づいた案だった.つまり子供部屋に使われるだろうふたつの個室に窓を設けなかったのだ.子供部屋は,睡眠など,籠るための空間で結構.自然の採光も通風も要らない.子供部屋にそういう快適性を求めることよりも,普段いるところを明るく,またシンプルなかたちで広くもちたい.ここには,そんな空間の優劣に関するはっきりとしたヒエラルキーがある.
石川・大平案がそれを徹底したことによって,少なくともふたつの点で,一般的な評価に抵触している.まず,建築法規が求める採光条件である.これは,隔壁の処理によって解決可能であるとはいうものの,むしろ法律のほうが「いい家」をつくることの制約になっているといったほうがよい.それから,現行法規に従うために隔壁の処理を行えば,ふたつの個室は公式には1室空間にならざるをえないだろうから,結局,この家は「3LDK」ではなく「2LDK」と表記されることだろう.このことが,これを取得した人がいざ売却しようとしたときにけっして有利には働かないことは,現在,集合住宅が「そこで住むための空間」であることに加えて「それをいつでも有利に売れる不動産」であることを考えれば明らかである.つまり,この美しい案は,法規の精神と市場原理の双方に対して反抗しているのだ.
しかし,「合理的」に住むことは,売りやすいことより住んでいて快適ということを採ることだし,そういう個々人の欲求に対して法律が規制すること自体,実に不合理なのである.このタイプの住戸が,現実に多く売れることを期待している.
– 第2回住空間デザインコンペ ホームページ (via handa)
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